「カエルの楽園」を予言ではなく自己啓発と捉えて読んでみた

「永遠の0」とか「日本国紀」で有名な百田尚樹さんの「カエルの楽園」を読みました。と言っても、実は読んだのは2年近く前なんですが、部屋の掃除していたら「あら。そこにいたの。」って所から出てきたので、久しぶりに読んで記事にしてみようかなと思います。

カエルの楽園,予言,自己啓発

「カエルの楽園」は予言書(もしくは警笛の書)というけれど・・

下にあらすじを書いたので、それ読んでくれればわかりますが、この「カエルの楽園」は「百田尚樹さんが日本という国に対しての予言・警笛を表現しようとして書いた」とよく言われます。

それはその通りで、おそらく誰が読んでも「あ、三戒(ナパージュというツチガエルの国で何よりも大事にされている3つの掟みたいなもの)ってのは憲法9条のことだな」とか、「ナパージュってのはJAPANを逆さ読みした日本を表しているんだな」とか、「スチームボートって鷲はアメリカのことだな」とかわかるくらいの皮肉り方をしています。

個人的には「ここまでわかりやすく書いちゃって大丈夫なの百田さん!」とか内心ひやひやしながら1回目を読んだ記憶があります。(結構売れたらしいのですが、マスコミでも大きく取り上げられなかったことを考えると割と「問題の書」だったと思います。)

ただそういった風刺を解説する記事はたくさんあるので、今回は視点を変えて「個人的な自己啓発の書」としてこの「カエルの楽園」を読んだ感想を書きたいと思います。(と言ってみますが、実際は小難しい政治的な事はわからないからですけど。)

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「カエルの楽園」のあらすじ

 

アマガエルのソクラテス(主人公)とロベルトは自分たちの国を捨て旅にでました。平和だったアマガエルの国に、ある日凶悪なダルマガエルが押し寄せてきて、平和だった国を地獄に変えたからです。アマガエルの仲間はたくさんダルマガエルに食べられました。ソクラテスとロベルト、生き残った仲間たちは「カエルの楽園」を探し、長い旅をしています。

しかしアマガエルにとって平和な楽園などないことにソクラテスとロベルトは気づきます。旅の中で多くの仲間が鳥や魚・アマガエルよりも体が大きく強いカエルに襲われ、食べられる姿を見てきたからです。「楽園なんてない」。諦めかけたとき、2匹のカエルがたどり着いたのがナパージュというツチガエルの国でした。

ナパージュは不思議な国でした。ダルマガエルや鳥のような外敵がおらず、そこでは心優しく・平和を何よりも重んじるツチガエルたちが楽しく暮らしていたのです。2匹のカエルはこれまで自分たちが旅の中で経験してきた苦難とナパージュの平和との差に大きく驚き、ナパージュが楽園であることのヒミツをツチガエルに聞きます。「三戒」。これがどのツチガエルも口を揃えて言う平和の鍵でした。三戒とは「カエルを信じろ」・「カエルと争うな」・「争うための力を持つな」の3つの理念です。はじめは三戒の存在だけで平和な楽園が実現するとるということに驚きを隠せませんでしたが、ロベルトは徐々に三戒の不思議な力に心酔していきます。ソクラテスも三戒の持つ不思議な力に感激しつつも、「三戒の力だけでこんな楽園が実現するものだろうか」と疑問をもちながら、その秘密を探していきます。ツチガエルのローラは言います。「大丈夫。ひどいことにはならないわ。だってナパージュには三戒があるのですもの」。

ツチガエルの国にはこの国で最ももの知りとされ、カエルの信頼を一身に集めるデイブレイクというカエルがいます。毎日ハスの葉でカエルが集まり、デイブレイクの演説を聞くのが恒例となっています。デイブレイクが三戒を何よりも大切にするカエルで、それを守ることでツチガエルの国の平和が保てているということをカエルたちに信じさせていました。

ナパージュの国にはカエル以外に、スチームボートという年老いた大鷲がいます。その昔ツチガエルが自分達の国を守るため、スチームボートに戦いを挑み、多くのカエルの命が奪われました。スチームボートはツチガエルに「スチームボート様を信じろ」・「スチームボート様と争うな」・「争うための力を持つな」という三つの決まりをつくらせ、これをカエルが守る代わりにこの国を他のカエルや天敵から守る約束をしていたのです。三戒は本来スチームボートがカエルに作らせたものでしたが、いつしか「スチームボート様」の部分が「カエル」に変わったものだったのです。

そんなある日ナパージュに大事件が起こります。南の沼に住んでいるウシガエルが1匹、ナパージュの南の崖に表れたのです。ウシガエルは凶暴で大きな体をもつ、他のカエルを食べてしまう恐ろしいカエルです。その場はウシガエルが崖を降りて戻ったことから大事には至りませんでしたが、この事件は元老会議にかけられることになりました。会議の結果スチームボートに助けてもらうことを提案することが決まりましたが、スチームボートの要求は「ウシガエルと自分が戦う際、ツチガエルも一緒に戦うこと」でした。元老のプロメテウスだけはこの意見に賛同するべきだと主張しましたが、他の元老、そしてデイブレイクは強く拒否します。「三戒に反する」・「スチームボートは自分の戦いに私たちツチガエルを巻き込もうとしている怪しからん奴だ」といった具合に。結局スチームボートはナパージュを去りました。

この日を境に、ウシガエルのナパージュへの進行が始まります。元老会議で対処を話し合いますが「ウシガエルに悪気はない」・「争ってはダメだ」・「三戒を守っていれば平和は保たれる」という意見が出るだけで話し合いは具体的に前進しません。そんなことをしているうちに、ウシガエルがついに国の仲間で侵略してきます。ハンニバル3兄弟というツチガエルの国で最も強く、「三戒を信じているだけではウシガエルにこの国を侵略されてしまう」と考えるカエルがウシガエルを追い払いますが、三戒を破ったバツとして目をつぶされ、手足を切られてしまいます。

結局、ウシガエルの侵攻を止めることも、止める行動もとることができず、ナパージュはウシガエルの国となりました。ツチガエルは奴隷にされ、多くのカエルは食用としてウシガエルが好きな時に食べる食料とされました。そこには依然の「カエルの楽園」はありませんでした。

ソクラテスとロベルトはすっかり変わり果ててしまった楽園を出て旅立ちます。目の前で、2匹のウシガエルが1匹のツチガエルを弄び、手や足を食いちぎっています。ウシガエルが去った後に二人が駆け寄ると、それはローラでした。ローラが弱弱しい声で最後の言葉を発します。「大丈夫よ。ひどいことにはならないわ。だって、ナパージュには三戒があるんですもの」。

「妄信」以上に「妄信」に気づかないことが危険

ナパージュがなぜ滅びてしまったのか?端的に言えば「三戒を妄信しすぎたあまり、事態の緊急性に気づかず、具体的な行動をとらなかったから」でしょう。ただ「カエルの楽園」を読み終わったとき、僕は思ったんですよね。ツチガエルたちはなぜナパージュが侵略されたのか、今その答えが見えているのかな?って。

 

たぶん見えていないんだろうって思うんです。「なんでこうなっちゃったの?!」状態。下手したら「ウシガエルさんたちは私たちと仲良くしたいだけだから反抗してはいけない」とか、仲間がツチガエルに食べられるのを見ながらでもデイブレイクなら言いかねないとすら思います。

 

個人レベルで見てもこういう脳停止状態っていたるところにあると思うんです。「これは正しい」とか「これは絶対こうだ」みたいな。なぜそれが正しいのかを聞かれても、論理的な説明ができないレベルで妄信してしまっていること。

ただ普通はそういうときに、説明ができない自分に気づいて「あ、自分根拠なく〇〇を妄信しちゃっていたんだな(アブネアブネ・・)」って気づくんです。だから軌道修正ができるし、新しい考え方や方法を考えだすことができます。

一番恐ろしいのは「妄信している自分にすらきづかないこと」です。今回でいうなら「湯でガエルになっていることすら気づかない」状態。

最後のページでローラが「大丈夫よ。ひどいことにはならないわ。だってナパージュには三戒があるんですもの。」と言いながら命を落とします。手も足ももがれているんだよね?もがれて空中に放り投げられて捨てられたりしてるんだよね?もう充分充分ひどいことになってるよローラー!!!

おそらくローラは安心した顔で・もしくは微笑みみながら最後の時を迎えたのかもしれませんが、これが一番怖いことだなーと思いました。

ローラしかり、元老しかり、デイブレイクしかり、なぜこういう「湯でガエル状態」になるのかを考えてみました。

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「大切なこと(もの)」は時間でアップデートされる

絶対視が危険だと思うんです。

そもそも「大切なこと」とか「重要なもの」とかって「価値観×周りの環境」で変わるいわゆる「変数」です。

「価値観」は当然人によって異なります。一人の人間で考えても、年齢やそだった環境・経験によって価値観は変わります。

生まれたと時(もしくは幼稚園に通っていた時)から一生価値観が一緒の人間がいるでしょうか?ランドセルしょいながら「人生において大切なものは物質的な充実感よりも時間的・もしくは精神的な自由だよね!ママ!」とか言っている子供がいたらちょっと怖いですよ。

 

また周りの環境によっても「何が大切か」は変わります。スチームボートが「楽園」を守ってくれていた過去と、スチームボートがツチガエルを見放して楽園から去ってしまった現在では「環境」が変化しています。今だってポケベルが廃れ、ガラケーも少なくなり、スマホが普及して情報取得の速度や手段が20年前と比べると100倍以上になっています。環境が日々刻々と変わっています。

当然「大切なこと」・「重要なもの」はアップデートされて当然で、そのことを大前提に物事を考える癖がついていれば「妄信している自分にすら気づかない」みたいな状態を避けることができるはずです。

「平和」も「幸せ」も不断の努力が必要

「カエルの楽園」を自己啓発本として読んだとき、僕が一番感じたことはこれです。妄信で平和や幸せが続くことなんてないってこと。

こういう綺麗な、誰もが望むような概念の下には努力が必要だってことを考えさせられました。家族との関係でも、友人関係でも、仕事でも、「今いい感じだなー」と思ったらそれを妄信してしまうことって実はよくあると思うんです。その状態が「当たり前だ」とまでは思わなくても、「もっとよくしよう」とか「これをずっと継続させるためには」みたいな思考って、薄れちゃうことが多いと思います。

それを当然だと思わず、その状態が続くようにしたいならそれを継続させるための努力をしない限り一時の「平和」や「幸せ」で終わってしまうってことって、生きていれば身の回りに多くあるんじゃないかなーと思いました。

 

ローマは1日ではならず。

 

ってことかな。(違うかも。)

 

おしまい。

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