名探偵コナン「瞳の中の暗殺者」が劇場版で傑作たる理由
名探偵コナンの「瞳の中の暗殺者」。劇場版コナンの中ではトップ3にランクインする傑作だと僕は思ってるほど好きです。2000年公開の映画なので・・20年も前なんですね。2016年に実施された歴代の劇場版コナン19作品の中で傑作第3位として選ばれています。今回はこの作品が傑作たる理由について書いていきますよ
※ネタバレ含みます。まだ観ていない方は観た後で読んでください!
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劇場版コナン屈指の推理的要素重視型のストーリー
僕だけじゃなくて感じている方も多いと思いますが、劇場版コナンって一時期明らかに作品の中身が薄くなったものがありました。「自宅から眺望できる大好きな富士山との間にビル建てられて人殺めるまで行っちゃう普通?!」とか、「個人レベルで巨大ダム一面に爆弾仕掛けるとかできへんやろアホ!」とか「コナンの中で全てがつながったときに“ジャキン!”って流れる稲妻、これだけの些末なヒントでまだつながらんやろお前はIQ2億か!!」みたいな。
劇場版コナンをラブロマンス重視で見ている人や、マトリックスとかスパイダーマン的な感覚でアクション期待して見ている方々は普通に楽しめると思うのでそれはそれでいいんですが、「推理要素」を重視してみている人からすると納得感薄れた作品がちらほら見られます。
でも「瞳の中の暗殺者」が傑作と呼ばれる理由の一つは、推理的要素がしっかり取り入れられていて、謎解きとして普通に楽しめる点でしょう。
・被害者のダイイング・メッセージが胸の警察手帳をいつも指しているのは何を意味するか?
・犯人は左腕
・犯人はトイレの中でどのように発砲の際の硝煙反応を消したのか?
・needless to say(知る必要のないこと)という警察関係者で用いられる隠語が何を意味するか?
・雨の日に車を降りた蘭が急におびえていたのはなぜか?
こういった謎解きが伏線となり、ラストで一気に伏線回収されるストーリー性は推理ものとしてみても十分重厚なつくりといえます。
推理要素・ラブロマンス要素+αの割合が完璧!
一言でいうと、バランスが黄金比!
推理要素が充実していることは前述のとおりですが、その他2つの要素のバランスも「瞳の中の暗殺者」は素晴らしいんです。
そもそもこの「瞳の中の暗殺者」の秀逸なところは、オープニングが新一と蘭が一緒に行ったトロピカルランドのデートから始まるところ。トロピカルランドの「ある時間」になると噴射する噴水。「3!2!1!バシャー!!」みたいなめっちゃ幸せそうで羨ましいシーンですが、この辺の描写からスタートしてそれが蘭が記憶喪失から回復する鍵になっているあたり憎いっすね。
また、おっちゃんが昔蘭のお母さんである妃英理にプロポーズした際の言葉。
「好きだからだよ。おめーのことが好きだからだよ。この地球上の、誰よりも」
by 毛利小五郎・工藤新一
これと全く同じクサ~いセリフを、記憶がなくなってコナンのことを誰かもわからなくなった状態の蘭が「なんで君は私にそんなに優しくしてくれるの?」という質問に対し新一(実際はコナンとして言っているので蘭からは「ありがとう。おませさん♥」で終わるんだけど)が言うっていう偶然。
この辺の展開やらセリフはベタ過ぎて観てるこっちが恥ずかしくなりそうだけど、新一と蘭の恋模様に期待している人からすると最高のシーン間違いないと思います。
こういったラブロマンスとミステリアスの割合がうま~いバランスでミックスされているストーリー性は「瞳の中の暗殺者」の大きな魅力だと思います。
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+αの存在がこの作品を傑作たらしめている!
これはこの作品から学ぶべき大きな教訓だと思います。
人が惹きつけられるテーマってのはいろいろあります。恋愛とか、怒りとか、家族への愛とか、夢を追いかけてする努力とか魔法とか友情とか・・・。
で、そんなあらゆる大きなテーマにわりと共通する「人を惹きつける魔性の力」の発見に成功しました。そしてその力がこの「瞳の中の暗殺者」の傑作性をつくっています。
それが「〇〇」です。
「〇〇」じゃわからんわ!ってなりそうですが、無視して少し話を進めます。
この力を利用すると、映画のようなストーリーの中でも、もしかするとリアルな人間関係でも、より人を惹きつけて魅力的な人生を送ることができるのではとさえ思います。
しかも簡単に取り入れたり実践することができちゃいます。
「瞳の中の暗殺者」がなぜ傑作なのか?
数ある作品との根本的な違いは何か?
これを考えると「〇〇」の答えが見えてきます。
さ~て、何だと思いますか?
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って点々増えてるだけじゃん!!!
って突っ込んでくれた方ありがとうございます。
そろそろネタバレします。
「瞳の中の暗殺者」の+αの答え、
それは「秘密」です。
つまんねー・・それだけかよ・・・
とか思う前に以下を読んでください。
「瞳の中の暗殺者」が他の多くの劇場版作品との根本的な違いは「犯人の犯行現場が最初に目撃されている」ということです。そんなことかーなんて思わないでください。ここに傑作たる鍵があります。犯人が佐藤刑事のことをトイレ内で銃で撃つところを蘭が偶然目撃しちゃうんですよね。そしてその時のショックで蘭は記憶喪失になります。犯人の顔や事件の際のことを心の中に閉ざしちゃうんですよね。当然犯人は蘭に記憶を取り戻されたらアウトですので命を狙いに行きます。
つまり犯人が誰なのか?はこの作品の中で蘭の瞳の中にだけに残っている「秘密」です。
考えてみて下さい。この作品の中で「蘭の犯人目撃」・「記憶喪失」が欠落していたら、おそらくこの作品の魅力は軽く80%は下がっていたはずです。そもそもタイトルが変わっちゃうかもしれませんが、「犯人は蘭が知っている」・「けど記憶の底に眠っている」という秘密性がこのストーリーの最大の魅力になっています。
「隠されると見たくなる」
「秘密にされると知りたくなる」
人間の中に遺伝子レベルで根差しているこういった性質をうまく利用している作品だって思います。おそらくほとんどの方が経験あると思うんです。「誰にも言ってないんだけどー・・」とか言われるとぶっちゃけその人に興味があろうとなかろうと「なになに?誰にも言わないからsecret of your heart 教えて!」って一定の興味が出ちゃいますよね?
僕が「〇〇です」とか答え隠した後で増えるてんてん(・・・)の連続にも屈せずここまで読み進めてくださったのは「答えを知りたい」と思ったからで決定!(←無理やり笑)
また多くの映画のサブタイトルでよくあるじゃないですか。
「彼女は誰にも言えない秘密を持っていた・・」とか、
「トンネルの向こうは、不思議な町でした・・」とか。
多くのサブタイトル・キャッチコピーは秘密性を持ったものになっているのは、これが人を惹きつけるうえで最も簡単なやり方だってことを示しています。「瞳の中の暗殺者」がすごいのは、「記憶喪失」を使うことで「犯人」という最大の「答え」をストーリーの最後の最後まで隠し続け、クライマックスで「秘密を明かす」ことに成功している点です。
なのでストーリー冒頭から一気に物語に引き込まれて、ラストまで没入できちゃうんですよね。
まーほかにもエンディングで流れる「あなたがいるから」がめちゃくちゃマッチしていて素晴らしいとかって理由も傑作たる所以ではありますが、個人的にはこのように思っております。
ではでは!
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