新暗行御史というマニアックな漫画から学んだこと

たぶんこの記事読んでいる人の98%以上の人が知らないであろう新暗行御史という、マニアックな漫画について書いていきます。内容とかあらすじを書くととてつもない長さになるので、今回はそいうの省いて個人的に印象的だったことを書き連ねます。なので読んだことない人には面白い記事ではないでしょうが、ブログは所詮自己満!人生も自己満!!自己満万歳!!!というスタンスで書いているので、なにとぞご了承くださいまし・まほし。

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正義とは人間のへだった価値観の産物

この漫画のおそらく主題となっているテーマに、「正義」と「悪」という概念についての考え方がある。出てくる一人一人のキャラクターが様々な過去をもち、それぞれの理想を掲げ、自分の信じる道を歩む中で衝突し、戦い、朽ち果て、勝利し・・・。

単なるファンタジー要素の入ったバトル漫画かと思いきや、「正義」という価値観についての衝突を描いている点がこの「新暗行御史」の大きな魅力だとおもう。

育った環境・生きてきた環境が裕福で、何不自由なく生きてきた人の価値観、今日食べるものにも困り果てどうにか生きてきた人の価値観が異なるのは当たり前で、そうであればその価値観から生まれる正義ってのは何なのか?みたいな割とシリアスなテーマがつづられています。

主人公の文秀(ムンス)将軍の最大の宿敵である阿志泰(アジテ)はこんな風に言っていました。

この世界の起源において、善悪は同じ存在だったようです。まるで真っ白な折り紙のように・・

だからの折り紙の色を決めるのは人間なんですよ。もとは無色だったものを、人間だけの基準で・・

黒だの白だの、勝手に決めつけて塗り分けているだけなんです。

天からみれば、この世はただの折り紙に過ぎないんですよ。

この阿志泰ってのは悪魔という設定なので、こういう無秩序な発言もしっくりくるのですが、考え方としては一理あるとも思えます。「じゃあ、絶対的な正義ってのは存在しないのかな?」とか。

まぁ、ストーリーが進むにつれ阿志泰のもたらす世界の混沌っぷりがすごく狂っていて、明らかに「こいつ絶対悪じゃん!」って思えるんですけど。死者は蘇らせて手駒にするし、命じるだけで人の命奪えるし。もう強さのインフレなんてもんじゃありません。フリーザの第一形態が戦闘力53万であれば、阿志泰の戦闘力は軽く53兆はあるでしょう。振り切ってます。しまいには「私は人間を浄化する」なんて清々しい顔でいうし。笑

それに文秀が対抗する形になります。

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アカシアの根のような文秀がかっこよすぎる

じゃぁ何をもって阿志泰に対して文秀が抗うかというと、

この世は道を踏み外した奴らに与しない

という「道理」です。

こんな一説がありました。

文秀と桂月香(ケウォルヒャン←文秀が愛した女性)が住んでいた村に巨大なアカシアの木がありました。頑丈で長い根っこが他の木々が育つのを邪魔したため、村人はみなアカシアの木を切ってしまおうといいました。でも、文秀だけが理由も言わず、それに反対し、乱闘騒ぎまで起こした結果アカシアの木を守りました。

そんなある日、未曽有の大雨が村を襲い、土砂崩れが起きて近隣の多くの村が飲み込まれました。そんな中、文秀や桂月香の村だけは無事でした。頑丈で長いアカシアのきの根っこが、土砂崩れから村を守ったためです。

文秀はこうなることを予測してアカシアを守ったわけではなく、「自然を人間の尺度で判断してはいけない」という確信があっただけです。ただ、ここで文秀の言っていた次の発言が、なかなか男前なんですよね。

あのアカシアのように、自分の確信が根深ければ真実はいつか通じるのだから

これが文秀の思考の根源にある考え方です。自分の価値観や考えかたではなく、物事の理を深く心に刻み、それに反するものと戦うというスタンスが文秀です。

だからどんなに阿志泰が神に等しい力を持ち、そんな阿志泰に恐怖して仲間にならざるを得ないかつての仲間がでようと、状況が絶望的であろうと、一人になっても阿志泰に勝負を挑む、そんな男前です。

この世は道を踏み外した奴らに与しない

そういうアカシアのように深く根付いた信念が、最後は奇跡的に阿志泰を倒すことになる、そういう漫画です。

ストーリー自体も面白いし、なんといっても画力がすごいんですが、それにもまして「生きざま」みたいなものを考えさせられる、割と重厚な漫画でした。

すみません。読んでない人からしたら意味わからない記事だったと思いますが、

好きな作品は語らないといられない性分なのでかきました。

おしまい。

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