“鳴かぬなら~ホトトギス”の俳句の作者は実はこんな性格の武将です

“鳴かぬなら~ホトトギス”という俳句が戦国~江戸時代に活躍した武将の性格をよく表現しているという話は有名です。

・・・・・が!ひとつ見落としちゃいけないのは、

このホトトギスの俳句は作者とされる織田信長・豊臣秀吉・徳川家康実際に詠んだってわけじゃないってこと!

浦島太郎とか桃太郎レベルで完全に作り話!!!Doubt!!!!

とまでは言わないけど、

要するに後世の人が3人の性格的に「たぶんこいつならこう詠んだよね~」と独断と偏見で貼りつけた勝手なレッテルだってことです。

ってことで、僕が厳正中立・公平無私な視点でホトトギス俳句の作者である三大武将の性格を読み解いてしんぜよう。

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織田信長

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“鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス”

 

いやいやいやいやいやいやいやいやいやyeeeeaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!

 

“ホー ホケキョ”聞きたいがために殺生はたらくなんてそんな狂ったクソサディストでないですよ織田信長は。

 

通説では「乱暴」とか「自己中心的」とか「暴力的性格」とか

さんざん罵倒されてる織田信長さんですが、

 

そういう一面もあったにせよ、

この俳句ですべてを語るのは乱暴すぎちゃいますか???

 

彼は豊臣秀吉のような農民出身の者でもその才能を見出せば家臣に登用する差別感覚のない人です。この時代の常識からすればふつう考えられないことで、だからこそ豊臣秀吉は信長に忠誠を誓いました。もっと言えば信長は世間一般の通念に捕らわれない合理主義者です。

 

その他にも鉄砲をいち早く取り入れ長篠の戦いで武田勝頼の軍勢を破ったり、

楽市・楽座を制定して商業・経済の発展に努めたりと、

先進的・合理的性格の持ち主です。

 

更には戦で降伏してきた敵兵を自分の家臣に召し抱し抱えたり、女性にも優しいフェミニストであったという有力な説もあります。もう単なるイケメンじゃないですか。

 

こういうことから察するに、家臣に厳しいとか鬼のような人だといわれるのは、

合理主義な性格ゆえの信長なりのリーダーシップであったとも想像できます。

こういった考察から考えるに、僕が考える織田信長の性格は以下です。

 

①新しさを厭わない進歩主義

②通念に捕らわれない合理主義

③弱者・女性に優しい人情型

 

この分析から、僕が織田信長のホトトギスの俳句を考えるとしたらこうです。

 

 

“鳴かぬなら 鳴くのに代えよう ホトトギス”

 

豊臣秀吉

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“鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス”

どっちかというと、人格的恐ろしさをもっているのは秀吉の方です。

豊臣秀吉は“人たらし”としてその人間力や人を惹きつける不思議な魅力・信長にも見初められた“機転の早さ”ばかりが有名ですが、二重人格ともいえる真逆の性格を持っていました。特に天下統一前と信長の死後、天下を統べる目前では完全に人格が変わっています。

あれほど慕っていた信長の死後、秀吉は信長の元家臣に態度を急変しています。

はいーきみ切腹!だの、

お前は領地没収・追放ね~

みたいな。

また恐ろしくておねしょちびってしまうのでここでは詳しく書きませんが、

秀吉が命じた豊臣秀次(秀吉の甥)の一族39名の三条河原の公開処刑とか、朝鮮出兵に際しての耳塚とか、エクソシストでも乗りうつったんじゃないかレベルの残虐性は“鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス”なんて唄う人間のそれではありません。

こういうことを踏まえ、僕が考える豊臣秀吉の“ホトトギス”の俳句はこうです。

“鳴かぬなら 鳴けなくしよう ホトトギス”

まぢこわー!!!!!!!!

 

徳川家康

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徳川家康の性格やタイプは一般的に以下のように言われます。

 

①忍耐力がある

②人情に欠ける

③健康マニア・倹約家

 

太平の江戸幕府の開祖に失礼かもしれませんが、

現代の女性に言わせれば「つまらない男」ですね。笑

 

実際、偉業を成し遂げた成功者でありながら、家康は秀吉や信長と比べると人気がない武将として有名です。

 

要は信長や豊臣秀吉と比べると、自分ので道を切り開いて天下統一を成し遂げたという感じではなく、

じっくりじっくり時が来るのを待って二人が没した後に台頭してきた「棚からぼた餅タイプ」と捉える人が多いからでしょう。

僕も家康についていろいろ史実を調べては見たのですが、この人だけは一般に言われている性格と大きなギャップがないみたいです。

ギャップがないというのもやっぱりつまらない男です。

 

ただ家康の場合はその慎重な性格や時がくるのをじっと待つ忍耐力が天下統一という偉業を成し遂げた原因になったのは間違えありません。

こういった性格は幼少のころから人質としての生活を余儀なくされた経験によって形成されたものなので、

もちろん苦労あっての天下統一であったことは忘れちゃいけないですけどね。

 

そういうわけで徳川家康の場合は“鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス”が一番適格なのかもしれませんが、

それだとオチにもなんにもならないので、あえて僕はこういう俳句を家康に提唱します。

 

 

“鳴かぬなら 二人(信長と家康ね)に委ねる ホトトギス”

 

新説「新しい日本史」って教科書書きたい

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“鳴かぬなら 鳴くのに代えよう ホトトギス” (織田信長)

“鳴かぬなら 鳴けなくしよう ホトトギス” (豊臣秀吉)

“鳴かぬなら 二人に委ねる ホトトギス” (徳川家康)

 

ホトトギスの俳句を切り口に、戦国の三大武将の性格を見てきました。

僕がこの記事を書こうと思った理由は、

人間には当然様々な側面が内在しているのに、目立った性格や行動の一面を捉えられて勝手に後世の人に“ホトトギス”の俳句でまとめられて、

かの武将たちも不憫になーと思ったからです。

 

まー歴史というのはよく「勝者によって書き換えられる」なんて言うし、

その後の世代の人々が下した勝手極まりない偏見の集合体なのでどうしようもないのですが・・・。

 

自画自賛ですが、僕が三大武将に与えた俳句も、ぜひ「見えない一面」(家康だけ例外ですが・・)を垣間見る一助にしてもらえたら歌人冥利に尽きます。

 

ではでは!!

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