日本の歌姫比較!浜崎・宇多田・安室はどこで差がついたか?

“ま~わる~ま~わる~よ時代はまわる~♪” なんて歌詞がありますが、日本の誇る歌姫として世間を席巻した浜崎あゆみさんの検索キーワードで「Mステ 歌 限界」なんてのが出たのを見た折りには時代の移り変わりの早さとか残酷さを身に染みて感じました。僕はカラオケとかで結構浜崎あゆみさんの曲(主に1999~2003年くらいまで)を歌ってスッキリする人なので、「限界ってどんなもんや?オラより下手なんか?」と思いアップされていた動画を見て愕然。“劣化”とか昔と比べた相対的ディスりよりも、“限界”という絶対的ディスりがぱちっと当てはまってしまった感じで、「奢れるものも久しからず」「盛者必衰の理をあらわす」(←浜崎あゆみさんが奢っていたかどううかは知らない)なんて言葉を思い出してしまった程です。

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日本の歌姫と言えばこの人たち!(だった)

いつの時代も「J Pop界の歌姫」なんてのは生まれるものですが、僕が知る限り浜崎あゆみさん・宇多田ヒカルさん・安室奈美恵さんは間違いなくその重たい十字架を担がされたスターでした。曲調はそれぞれ違ったものの、曲を出せばミリオンセラーを記録し、彼女たちのするファッションやメーク・ヘアスタイルを若者が真似して社会現象を引き起こすレベルで神ってた人たちだったのを覚えています。(“アムラー”なんて新出単語も生まれました。現代のお子様が聞いたら機動戦士ガンダムすら思い浮かべることはないだろうな。笑)

そんな3人の歌姫ですが、ここにきてはっきりとその明暗が分かれた感じがしてます。

 

宇多田ヒカル→〇健在!アルバムはミリオンセラーも記録!

安室奈美恵→〇健在!曲調は変わったが幅広いファンを獲得!

浜崎あゆみ→△-限界!イタイ!と酷評が続く冬の時代・・・

 

こんな感じでしょうか。最初は浜崎あゆみさんに×をつけたのですが、「NEVER EVER」を思いだして期待を込めた△-(←マイナス)に格上げさせて頂きました!どもっす!!(何様。笑)

おそらく「魅せ方」とか「活動の方向性」が命運を湧けんだと思いますが、この歌姫3人はなんでこうも明暗がはっきり分かれたのかを個人的に分析してみます!

アーティストとしての才能を大切にした宇多田ヒカルさん

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宇多田ひかるさんは「アーティストとしての自分の才能」を守り抜いてきたことが今も多くの支持を集める理由でしょう。15歳の歌手デビュー当初発表した「First Love」は曲調といい歌詞といいリズムといい、15歳の少女がつくりだしたものとは思えない程で衝撃を受けました。「最後のキスは・・・・甘くて切ない香り♪」とか15年間でどんだけの人生経験積んでるんだろーと不思議に思ってしまったほど。今思えばお母さんの藤圭子さん(演歌歌手)の才能をしっかりと引き継いで生まれた「生まれながらの歌姫」だったんだなーと納得しますが。

2010年に「人間活動」と題して活動を休止しましたが、この時に関するコメントでも彼女が自分自身という人間と向き合って更なる成長(この時からより素晴らしいアーティストとして復帰することも考えていたのかもしれない)を遂げようと正直に生きていこうとしていたことが感じ取れます。

「自分の力で生きたい。色々と知らないことがあるまま生活しているので、1人でも生きられるようになりたい。」

 

「得意なことばっかりやっても成長がないと思って。もし私と同じく、自分の中の苦手なこと、避けようとしている部分に向き合っていきたいと考えている人がいるなら、一緒に頑張りましょう!」

 

「有名人(見られる側)になってからの十数年、どんどん自分が見えなくなっていってた。全然自分のこと理解できてなかったし周りの人たちのことも「知ろう」としてなかった。苦しい、さびしい生き方をしてました。まだ若いうちに気付けてよかったです。みんなに感謝」

これ読んで思ったのが、アーティストって曲とか音楽性を通じて自分の生き方や人に伝えたいことを表現する仕事じゃないですか。だからそもそも自分自身や自分の生き方が見えなくなると表現ができなくなるということ。そういう意味では「人間活動」なる自分と向き合い自分を成長させる時間を大切にすることも必要なことだってこと。こういう点を考えると、宇多田ヒカルさんはアーティスト(芸術家)としての才能を大切にしたからこそ、休養後も復帰を遂げ人気をえ続けたんだろうと考察できます。

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偶像としての自分と方向転換を決意した安室奈美恵さん

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安室奈美恵さんすごいですよね。どう考えたって39歳・2児の母親には見えないんですけど・・。

ただ、安室奈美恵さんがデビューから25年以上たっても「歌姫」として絶大な人気を得ているの年齢にそぐわない美貌(失礼しました)以上に、「安室奈美恵」としてのある種の「偶像」を見ているものに抱かせるからなんでしょうね。芸能人や有名なアーティストって、結構露出が多いじゃないですか。SNSとかインスタとかで自撮りアップしたり、「ネイル変えました~きゃはっ♥」みたいな。しまいにはSNSで変なこと言って「はい炎上~」→「軽率な発言でした。ごめんちゃい」みたいな。こういうのってはっきり言ってもう飽きましたし。

自己開示って、ファンとの距離感を縮めるって意味ではいいんですけど、どうしても「見えすぎ」ちゃうんですよね。本物のアーティストとか歌手って、乱暴な言い方すれば「別の世界の人間」であるほうがいいと思うんですよね。距離があるからこそその人の紡ぎだす言葉や、対面できるライブとかの価値が何倍も何十倍も増すんじゃないかと思います。そういう意味では安室奈美恵さんはメディアへの露出とかほとんどないし、SNSとかでの自己開示もほぼないから「神秘的」なんですよね。よくわからないけど、歌って踊るとめっちゃかっこいい。こういう点はプロ意識の表れでもあるんだと思います。

あと、安室奈美恵さんて小室さんの事務所を離れてから曲調がR&B寄りに変わりましたよね。これは本人自身昔からダンスと歌で見ている人を元気にしたいって思っていたらしいですけど、こういった曲調の変化も今の彼女をつくっているんだと思います。なかなか体の動きもヘビーなのでカラオケで歌われることは少ないと思いますが、「かっこいい女性アーティスト」としての地位を確固たるものにしてます。僕の母親があんなダンス踊りながら声出したら間違いなく泡吹きながら卒倒するので、アーティスト×アスリートだと思いますねー安室奈美恵さんは。

見栄を張りすぎ?安売りし過ぎ?浜崎あゆみさん

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さーて、お待ちの浜崎あゆみさん。

最初に断っておくと、絶頂期の浜崎あゆみさんはまぢですごかったです。歌手としてもファッションリーダーとしても、いわゆるカリスマで、レンタルCD屋さん行ったってコンビニ行ったってどこ行ったって浜崎あゆみさんの曲が流れていたし、彼女がいなかったら日本人が金髪にするって習慣はなかったんじゃないかと思うくらい(それは言い過ぎか笑)時代を動かしました。

ただまずかったのは、彼女は自分を安売りしすぎましたねー。安室奈美恵さんの真逆路線を突っ走ったカウボーイレベルかのごとく突っ走りました。ファッション雑誌しかり、メディアしかり、SNSしかり、自分の私生活とか考えていることとかベラベラ公開しまくって、ある種大バーゲンセール・もってけばかやろー!!状態でした。

さらに、自己開示の内容が見栄を張ってる感を見てる人に与える内容のものが多いんですよね。彼女は2回海外の男性と離婚を経験してますが、なぜかその前から海外セレブ風の公開が多くなったんですよね。でっかいサングラスに何の毛でつくったのかわからない毛皮のファーとか肩に着けて・・。いやいいんですよ。好きなんだとおもうんで。海外へのあこがれが強いんだと思うんで。いいんですけど、そういう自己開示がだんだん自分の年齢(現在37歳だったかな)と乖離し始めて、おっつかなくなってきた感じがあります。

そりゃー仕方ないですよ。歳とればふつう顔だってハリがなくなりますしスタイルだって崩れますし若い時の声も出なくなります(ここでは耳のことには言及しません)し。なんであたしスタイル崩れたの顔を太ったのーもー自分のバカバカバカバカバカバカバカバカ・・・・・・!!!!!なんて嘆くんじゃなくて、自分にしかできないことや歌を通じて伝えられることを模索すればいいのに。インスタで加工した写真アップしたりレディー・ガガをまねしたような過激な衣装来てメディアに出たりするから辛辣な言葉とかコメントされるんじゃん。結局はアーティストではなく「アイドル」として目立つ方向性で来てしまった行く末として、歌姫2人から取り残されてしまったんだと思います。

自分にしかできないことを追求しよう!

・・・とここまで3人に日本を代表する歌姫の明暗を勝手に分析してきましたが、改めて思ったことを最後に書きます。

僕はきれいごととかを妙に正論がましくいうタイプの人が一番嫌いですが、やっぱり人間は自分にしかできないことやその価値を発揮することで輝かないといけないような気がしてなりません。生きていればいろんな雑念とか余計な欲とかどんどん外からこべりついてきます。ましてやステータスの高い人であれば「できることの選択幅」みたいなものがどんどん広がるので、つい調子にのって本来の自分を見失っちゃうんだと思います。でも長い目で見れば、そういう余計なものに惑わされず、自分の生き方やあり方を追求できた人が人の共感や好感を得て、支持されるんだろうと若輩ものながら感じた次第です。経営学のマイケル・ポーターが言ったように「何をしないか」を考慮に入れて自分を追及するような生き方をしていきたいものです。

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