人工知能(AI)が人から 仕事を奪うって僕らはどうなるの?

こんにちは、ノアです。

前回記事に続き、今回は「人工知能(AI)の進歩で人は仕事を奪われてしまうって、じゃあ人間はどうなるの?」について僕の考えを書きます。

前回記事はこちら。

「人工知能は人の仕事を代行する」は「真」

これは間違いありません。たとえば、下の動画を見て下さい。

 

え、昔のボーリングって、

ヘアトニックで髪の毛べったり固めたスーツスタイルでしかできない娯楽だったの?

 

ってそこじゃないですよ。笑

上の動画は1957年のボーリング場の様子を撮影した動画です。この時代のボーリングはピンの裏側に人がいて、倒れたピンを戻して並べなおすという今の僕たちから考えたら拷問的に退屈な仕事が「仕事として」存在しました。

当時はこれに何の疑問も抱かずにやっていたと思いますが、今「やれ」って言われたら絶対僕は無理。毎日毎日ピンが倒れては並べて倒れては並べて繰り返しているうちに「あー自分はなんのためにいきてるんだろうー」とか考えて病んでいくと思います。

 

当然現在は機械の発達によりこういう仕事は消えたわけですから、人工知能の発達による仕事の代行はまさしく「歴史が証明しているぜ!(キラリ☆)」というわけです。

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「じゃ能無しの僕らには絶望しかないのね(泣)?」は「偽」

前回、正しくは「奪われる」んじゃなくて「仕事が移行するんだ」と書きました。

これも歴史的な話をひとつ紹介します。

銀行とか、コンビニにあるATMってしってますよね?どうでもいいですが、ATMって「オートマチック・テラー・マシン」の略だそうです。

あれがはじめてアメリカで導入されたとき(1970年代)も、「仕事がなくなるー」とか「銀行窓口業務の雇用が大幅に削減されるー」とか同じような悲鳴が上がっていました。じゃあ結果はどうだったかというとその逆。1970年代から2000年にかけての雇用は25万人から50万人と倍になっています。ATMの導入で銀行窓口業務も大幅に雇用数が増えました。

これはATMの登場で新しい仕事が生まれたからなんですね。

 

ATMで預金をしたり、預金を引き出したりすることが簡単に・場所を問わずできるようになったことで、「保険」とか「証券」とかそういった分野の仕事のニーズが急激に増加したんですね。じゃ、それ誰が仕事としてあつかうの?となったとき、「君でしょ!」となったのが銀行窓口業務でした。

 

「人工知能の登場で新しい仕事が生まれる」が「真」

人工知能が今まで僕たちがやっていた仕事を代行するようになることで、新たな分野の仕事が生まれたり雇用ニーズが増えます。単純な椅子取りゲームではなくて、AIの出現で椅子が追加されるイメージです。

 

そりゃそうですよ。結局仕事ってのはニーズなんて言えばきれいですが、人間の欲や「こうなれば便利」みたいな更なる快適への欲求を満たすことだし、人間のあくなき“want”を実現することですから。それが全て満たされて「お腹いっぱい」にならない限り、仕事が減るとかなくなるなんてことは絶対にあり得ないわけです。じゃあ、その人間の欲って満たされることがあるんでしょうか・・?

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人間の幸福ってなんだろう・・?

あり得ないです。人間の“want”が完全に満たされて「ん~ママぼくもう食べられないお」なんてなることは絶対にないでしょう。

以前こんな話を聴いたことがあります。

カンボジア(調査した時点ではカンボジアは途上国で、かなり貧しい国でした)のある貧しい村で、アンケート調査がおこなわれたんですね。テーマは「今あなたは幸せですか?」という質問でした。

調査によれば、その村の70%の人が「自分は幸せだ」と答えたそうです。今日食べるものもなくて、道端に生えている草とかを食べることもある人たちがですよ?

その理由を聞くと、こんな答えが返ってきたそうです。

・御天等様が毎日上って、自分たちを照らしてくれる

・お腹がすいたときに食べる食べ物のおいしさを感じることができる

・一緒に村で暮らす仲間がいる

逆に日本で同じアンケートを行ったら、「自分は幸せだ」と答えた人は全体の20%以下だったそうです。多かった理由は以下です。

・裕福な生活ができるお金がない

・ほしい服が買えない

・仕事が忙しくて自分の時間がない

僕も日本で過ごす現代人なので偉そうなことは何も言えませんが、あまりに大きな差・・・というか幸せを感じるハードルの次元が違いますよね。

僕はこの話を聴いたとき思いました。幸せってのは絶対的なものではなくて相対的なものなんだなって。幸せって、その幸せの母数が増えれば増えるほど、幸せを感じることができなくなっていくんだなって。一種のマヒ状態です。本当は1/1だったものが、幸せを掴むにつれて1/10・・1/20・・・1/100ってなっていくんです。

 

幸せを掴むために人間は生まれてくる・・・なんて言うけれど、結局いたちごっこです。

 

カンボジアの人と日本で暮らす人、どちらが本当に「幸せな人生なんだろう?」と聞かれたら、「日本です」と断言はできないなーと、子供心ながら思った記憶があります。

 

話はそれましたが、そういうことです。

 

ではでは!!

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