アドラー心理学の教え第2弾「幸せになる勇気」の感想

こんにちは、ノアです。相変わらず本を読み漁るブームが続いています。寝不足で目が半分しかあきませんが、本読んで寝てるだけじゃ厭世観にまみれた出家人みたいになっっちゃう気がして、何かしらアウトプットしておかなきゃなーなんて思いこれを書いてます。

感想を書きたい本は何冊かあったんですが、前回アドラー心理学の「嫌われる勇気」を書いたので、せっかくなら続編の「幸せになる勇気」について書いてみようと思います。

人生は自分で変えること・選択することができる

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前作の「嫌われる勇気」もそうでしたが、本書「幸せになる勇気」にも一貫したテーマとして掲げられているのが「人生は自分で変えること・選択することができる」という命題です。僕もそうですが、自分の人生にほとほと満足していて「俺の人生サ・イ・コ♥!!」なんて言えるむかつく人はほんの一握りで、実際は大多数の人が自分の人生に何らかの不満や変革を望んでいるんだと思います。だからこの「幸せになる勇気」はそのタイトル見ただけでも不思議な力で興味を引きつけさせる、そんな本だと思う。

「人生は自分で変えること・選択することができる」なんて人生論を語る安っぽい内容の新書にありそうな言葉ですが、哲人は「アドラー心理学」というフィルターを通して世界を見ることで、このことの本当の意味がわかると語っています。

しかし私は絶対不変の真理として、アドラーを語っているわけではありません。いわば、眼鏡のレンズを処方しているようなものです。このレンズによって、視界が開ける方は多くいるでしょう。一方、余計に目が曇るという方だっているでしょう。そういう人にまで、わたしはアドラーのレンズを強要しようとは思いません。

そいう意味では、物事の一つの見方としてとらえれば、この本は読む価値が高いと僕は思いますね。

言葉巧みなディスり青年が再登場!

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読者の熱烈な期待に応えあの彼が再登場!彼の秀逸な罵声はこの本の読みどころの一つと言っても過言じゃないでしょう。

このシリーズの面白さはアドラー心理学の内容もさることながら、アドラーを説く哲人と、絶対こんなやついねぇよ!笑 って思わせてくれるまるで反抗期真っ盛りの社会的不適合者青年の対談形式で語られる点。

ええい、腹立たしい!邪推の次は「過去など存在しない」だと?!

いい加減にしろ、この鉄面皮め!

・・・こ、この忌々しい毒虫め!

望むところだ、穴という穴をほじくり返してやる!

どんだけひん曲がった根性してんのこいつ・・・・笑

「穴という穴をほじくり返してやる!」って今度どっかでディベートの機会があったら真っ先に使ってみたい言葉になりました。笑

教育の最終目的は「自立」

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そもそもこんな罵倒男が教育者ってのも変な設定なんですが、青年は図書館司書を辞めて小学校の先生をやっています。

まー案の定うまくいかず悩んで哲人を訪れるわけですが。(ざまーみなはれ!笑)

教育の本質について語られる場面がありますが、哲人は「子供を叱ることも、褒めることもしてはいけない」ということをアドラーの観点から説明します。その真因を「教育の最終目的は自立である」と説きます。

こんなこときくと「じゃ教育ってなんにもすることないやん??」的なことを思うのだけど、そこは天下のアドラー、理論に理論を上塗りした鉄の論理で見事青年を打ち砕くんですね。

このあたりは教育の実践現場においては難しいところだと思うんですが、要するに「褒める教育」は「褒められたいがために同じ行動を繰り返す子供」をつくりだし、「叱る教育」は「こどもを一人の人間として尊敬しない抑圧である」と述べています。まぁバランスが大事だと思うので、アドラーの理論だけを信望するのも危険だと思うのですが、こういう捉え方もできるんだなーと思えば、捉え方の幅は広がりますね。

哲人曰く、「自分の人生は自分で選択できる」という事実を教えることがこどもに対して教育者が行うべきことだというんです。その「選択」が仮に間違った道だったとしても、その結果を引き受けるのもどう解釈するのかも、「課題の分離」というルールでクリアだよね!ってテンション的にはまたっく違いますが、簡潔にまとめればそういうことになります。

やっぱりストイックでアドラーという人はどんだけドSなんだろうと感心してしまいますが、昔どこかで聞いた「教育者の手を離れたときにその人がどのように生きていくか、それが教育の真価だ」って言葉を思い出すと、アドラーの語った教育が本質を捉えた考察なんだってことにも関心せずにはいられません。

愛とは自立であり人生におけるもっとも困難な決断

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タイトルである「幸せになる勇気」の確信、それが「愛」だそうです。これが最後の10ページくらいで語られます。いまやどんな曲やドラマにも登場するベタな抽象概念がその核心だなんて、この本を頑張って読み続けてきた人からすると暖簾に腕押しなんて通り越して振り込め詐欺にあった気分なんですが、アドラーの語る「愛」はやっぱり僕たちが考える「愛」とは異なる概念です。

そこにはロマンティックな響きも、運命を感じさせる感動も、心浮き立つ楽しさもありません。むしろドラスティックで、リアリスティックで、愛とは困難な決断であるという、真逆の概念が説明されています。「愛することは運命や感情の問題ではなく技術である」なんて堂々と語られた矢先には心の弱い僕はもう人を愛せません・・・泣

われわれは生まれてからずっと、「わたし」の目で世界を眺め、「わたし」の耳で音を聞き、「わたし」の幸せを求めて人生を歩みます。これはすべての人がそうです。しかし、本当の愛を知ったとき、「わたし」だった人生の主語は、「わたしたち」に変わります。利己心でもなければ利他心でもない、まったく新しい指針の下に生きることになるのです。

「愛」によって、世界の見方、「ライフスタイル」が変わるというんです。

自立とは、「自己中心性からの脱却」なのです

アドラー心理学は教育という概念に重きを置いている心理学であることは本書で語られていますが、ここでその意味がつながるんですね。

「愛」=「主語の転換」=「自己中心性からの脱却」=「自立」

さすがに端折ってかいてるのでこの記事だけだと一貫性に欠けるように思えてしまうかもしれませんが、本書を全て読むと「愛する勇気」が「幸せになる勇気」であることが一直線につながって理解できます。ここまでで語られた全てが「愛」という言葉に集約されるのが気持ちいいくらいにです。このへんは自分で読んで、この快感を味わってほしいと思います。

「人生こんなはずじゃ・・」とか「いつか理想の人生が・・!」とか空虚感と虚脱感しか湧いてこないこと嘆く時間があったら、「幸せになる勇気」一冊読んだ方がよっぽど自分の人生に生を与えられると思いますよ。1500円と2時間でそれが得られるなら安いコストでしょう。

そんなわけで、人生に迷ったり不安を抱えてる僕みたいな人にはお勧めの一冊でした。

ではでは!!

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